ここは、当社の代表、 杉山 昇が折々の活動についての 経験談や意見等を掲載するものです。
ご感想等をお寄せくだされば幸甚でございます。
感動の2時間~「ダモイDAMOI-収容所(ラーゲリ)から来た遺書―」を観劇して~(2010/7/13)
この作品の原作は、講談社ノンフィクション賞・大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞した『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文書文庫530円)。第二次大戦後、シベリアに抑留された男たちの物語ですが、戦後12年を経て、シベリアの収容所で病に倒れて亡くなった山本幡男氏の遺書が、その仲間たちの手(頭)で遺族に届けられるという驚くべき事実と、その遺書の家族愛・人類愛に満ちた素晴らしい内容が紹介されます。
7月9日に上演中であることを教えていただき、最終日の10日に観劇に行ってきました。この舞台がかかっていることを教えていただいたのが、山本幡男氏の遺書を受け取ったご子息のひとりである山本厚生さん。
私は、常々、山本厚生さんを尊敬しておりましたが、こういうお父さんの子供さんだからああいうお人柄なのか、とバックボーンがわかったような気がしました。
下條アトムさん、新納敏正さん、大出勉さんの3人の俳優が、迫真の演技で、シベリアの収容所の厳しい労働や監視の様子を伝えるとともに、極限状況のなかでも明るく仲間を励ます山本幡男氏の人柄がしっかりと伝わる素晴らしい舞台です。
私は、建物の建替えなどの取り組みをしている関係で、兵士として、あるいは軍属として終戦時に中国東北部(いわゆる満州)方面にいたために、シベリアの収容所に連行され、強制労働をさせられた方を3名存じ上げていますが、詳しいお話は聞けませんでした。また、私もその状況については、不勉強で、ごく一般的な知識しかないなかで、DAMOIを観たのですが、今は収容所に関することをもっと知る必要があると感じています。
一緒に観劇した妻はしっかり泣いていましたし、劇場内も鼻水をすすりながら観劇している人がたくさんいました。また、最終日なので原作者の辺見じゅんさんも、山本厚生さんのお兄さんの山本顕一氏もお見えになっており、下條アトムさんから紹介がありました。
映画や舞台はほんとに久しぶり。山本厚生さんに予約していただいたチケットを受け取るときに、「シニア料金」だったのですが、“そうか”と少し嬉しいような複雑な気持ちになっています。
次回までに、『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文書文庫530円)を手に入れて、読み、遺書の素晴らしい内容をご紹介したいと考えております。
シェアハウスという住まい方(2010/5/31)
シェアハウスとは、一つの家を他人である複数の人と共用して暮らすことをいっていますが、どうも次のような二つの方向に分かれているように思います。
ひとつは、「投資効率の高い不動産事業」としての位置づけているものです。これは暮らすのに最低限必要な家具(テレビ、エアコン、冷蔵庫、布団など)が揃っていて、短期滞在の人が手軽に安く住むことができるというものです。期間から見るとマンスリーマンションのようなもの、設備状況からみるとホテルのようなものでしょうか。
もうひとつは、「不動産業」ではなく、「住まい方のひとつ」と位置づけるものです。設備については、成り立ちによってまったく違うかと思います。共用部分の設備を家主側で残したり、用意したり、というケースもあるでしょうし、知り合いあるいは仲間で暮らそうというのならば、そのグループにお任せする、などまちまちでしょう。これは、他人同士が「暮らしあう」ことで、一人暮らしではあっても“無縁社会”と言われる今日的な社会状況に抵抗し、一人ぼっちではない暮らしをめざすという意義があると思われます。
最近、シェアハウスの取り組みに参加する機会があり、二つ目の位置づけでがんばろうということになりました。
募集もこれからですが、世田谷の松陰神社近くの魅力ある古民家を活用した「松陰コモンズ」と違って、都心立地の普通の一戸建住宅の活用プロジェクトですが、興味津々で取り組みをはじめています。
どんなシェアハウスになるか・・・また、この欄で報告できればと考えています。
事業仕分けに異議あり(2010/5/4)
小規模零細企業としては、事業仕分けには直接関係することはないだろうと思っていたところ、平成22年4月に行なわれた事業仕分けによって、「廃止」とされたものが無視できないことがわかった。それは独立行政法人住宅金融支援機構(以下、「支援機構」という。)のまちづくり融資である。
まちづくり融資と賃貸住宅融資が一括して議論され、両方とも「廃止」の方向だとか。 “仕分け人”にもの申すほど経緯も理由も知らないが、私どもの活動の中心は、市街地の小さな再開発の支援、すなわち、零細な地権者(所有者や借地権者であり、大抵は庶民である)が老朽化した建物を建替えたいが、資金がない、建築基準法上の道路に接道していない、敷地が小さく有効活用がむずかしい、あるいは借入金がある等々の事情で単独では建替えが困難というケースの共同建替えを支援することである。
私どもは、共同建替えが可能な範囲で、かつ、大手デベロッパーが取り組まない規模の小さな再開発に、コーポラティブ方式を組み合わせる手法で取り組んでいる。このコーポラティブ方式は、そこに住みたい人を募集し、地権者とともに民法上の組合を設立して、その組合が事業主体となって、設計し、工事を発注して、コーポラティブハウス(マンション)をつくる手法である。
従って、マンションデベロッパーがつくってしまってから販売するスタイルと大幅に違って、事業の途中で、設計費、解体工事費、新築工事費などの資金が必要になってくるが、地権者は土地に関する権利を現物出資するので、その他の組合員全員がすべて自己資金などということはありえないから、完成して住宅ローンが組めるまでは、“つなぎ融資”がどうしても必要となる。
私どもは、この“つなぎ融資”を支援機構のまちづくり融資に頼っているのである。住宅金融公庫時代の都市居住再生融資は、個人への融資であり、今のまちづくり融資ほど担保評価を絞っていなかったので、使い勝手がもっとよかった。もう少し改善してくれるのかと思いきや「廃止」の方向とのこと。
この自主的な共同建替えとコーポラティブハウスの組み合わせによる事業は、次のような特徴がある。
1) 一定の自由度をもつ設計が可能であり、個性的な住戸の建設が可能なこと。
2) 一緒に住む人が力をあわせて建設する手法なので、この“無縁社会”と称される時代にもかかわらず、しっかりしたコミュニティが形成されること。従って、維持・管理への取り組みもしやすく、建物が長持ちすること。
3) コスト的にはデベロッパー利益は不要なので、原価の積み上げで取得が可能なこと。
4) 地権者を通じて地域社会へ溶け込みやすく、地域社会としても歓迎であること。
以上のように小さな再開発にとっては優れた手法であり、自主的な住まいづくりの手法としてのコーポラティブ方式を是非とも生き延びさせてもらいたい。
事業仕分けに異議ありである。
長期修繕計画づくり(2010/3/25)
国土交通省は、平成20年6月17日に「長期修繕計画作成ガイドライン・長期修繕計画標準様式(記載例)」を発表しました。このガイドラインの目的は、マンションの長期修繕計画の作成又は見直し及び修繕積立金の設定の基本的な考え方等と長期修繕計画標準様式を使用しての作成方法を示すことによって、適切な内容の長期修繕計画の作成と適正な修繕積立金の額を設定し、計画修繕工事の適時適切かつ円滑な実施を図ることといっています。
すばるの企画するコーポラティブハウスでも、完成・入居後の維持・管理に関連して、日常管理のための管理費がどのくらいかかるか、という検討とともに、長期修繕計画を作成して、建物そのものを維持・管理していくために修繕費をどのくらい積み立てなければならないか、という検討をして修繕積立金を設定しています。
この長期修繕計画は、管理会社の技術部門に依頼してつくってもらう、すばるの知り合いの専門家に依頼してつくってもらう、などの方法をとっていました。つまり、組合員が自らかかわってつくるという方法はとっていませんでした。
国土交通省のガイドラインができたことにより、コーポラティブハウスの組合員が主体的に長期修繕計画づくりにかかわることができるようになります。
当面、既に竣工したコーポラティブハウスの長期修繕計画の見直し作業に着手し、適正な修繕積立金の検証を行いたいと思います。この作業を経験することで、組合員は一層自らの建物に関する認識を深め、ひいてはそれが長持ちする建物の維持・管理につながっていくものと思います。
新年会(2009/2/1)
私がかかわった神田のコーポラティブハウスの新年会に今年も参加させてもらいました。建設組合ができてから6年を超える日時が経っているので、小さかった子が小学校の3年生・4年生、小学生が高校2年生、当時生まれていなかった子が3歳に成長していました。
夏の花火大会と新年会はイベントとして欠かさず実施され、私もそれにほとんど参加しているので、少なくとも半年ごとには顔を合わせていることもあって、アッと驚くほどではないのですが、頼もしく成長しています。
一方、同居していたおかあさん(早すぎた病気療養中の60歳)が亡くなったご家族、リハビリの効果があって車椅子生活から杖を使って歩行できるようになったおじいさん、そんな家族のお互いの変遷を感じながら、和やかな新年会は3時間余に及びました。
コーポラティブハウスの暮らしの豊かさを感じる年初めの欠かせない行事です。
管理組合と賃借人(2009/1/30)
私は、縁あって耐震偽装マンションの再建のお手伝いをしています。
多額の住宅ローンを組んで、宅地建物取引業の免許を受けている不動産会 社から買った念願のマイホームが、建築確認を受けているにもかかわらず耐 震強度が不足している。そのため、所在する区の区長から、建築基準法に基 づく「使用禁止命令」が出されたという、前代未聞の事件です。
衝撃的なこの事件を受けて、マンションの管理組合は緊急集会を開いて耐 震偽装対策委員会を組織し、区との折衝を開始するなど、素早い対応をしま した。それまで眠っていた「住民の底力」だったのでしょう。私がそのマン ションの皆さんに出会ったのは、使用禁止命令から2ヶ月近く後、役割分担 をしたチームが、毎週定例会議を開いているころでした。管理組合の皆さん はマンションを再建しようという強い意思を持ち、様々な議論を重ねていま した。その後、アンケートや個別面談を実施するなどして基本計画を練り上 げ、事件翌年の年末には、「全員が戻ろう」を合言葉に建替え決議が成立し ました。成立後さらに、マンション建替組合の設立・実施設計・建築確認申 請・解体工事・新築工事着手を経て、まもなく再建マンションの竣工を迎え られる見込みです。
マンション住民の皆さんは、膨大なエネルギーを注ぎ込んで自分たちの手 で造り上げた再建マンションを、今後もしっかりと維持管理していけるよう な仕組が必要だとの認識をお持ちです。そのため、建物だけでなく、管理に ついても「管理チーム」を中心に再検討を行いました。それまでの管理規約 や使用細則などを総点検の上修正した管理規約の案は、最近の建替組合の総 会で承認されたところです。
その管理規約には、国が公表している「マンション標準管理規約」とは少 し違う規定が盛り込まれました。このマンションでは賃借人を「準組合員」 として管理組合の構成員として位置づけることにしたのです。議決権はあり ませんので、区分所有法で言う管理組合の構成員ではありません。しかし、 日常の維持管理上も防犯・防災上も極めて有効であるとの基本認識から、区 分所有者の転勤その他様々な事情により今後増えていく可能性のある賃借人 を、「ひとつ屋根の下に住む仲間」として迎えることとしたのです。
マンションは長持ちさせる時代です。このマンションのように、長持ちさ せられる仕掛け作りに取り組むことは、今後ますます重要になってくると思 います。
※埼玉県のマンションネットのコラムより転載
還暦同窓会(2008/9/9)
1月5日の“すばるの視点” では、「還暦<老人力>」というタイトルで書かせてもらった。恐縮だが、再び「還暦」同窓会である。 大学の同級生は還暦などが必ずしも一緒には来ない。私は一浪なので、大半の同級生は来年が還暦と思われる(データは一切ない)。ところが、小中学校、高校の同級生のほとんどが今年「還暦」ということになっているものと思われる。
7月に高校時代の還暦同窓会が熱海で開催され参加した。昔の面影のある人もいれば、まったく様子の変わった人もいる。用意のよい人はいるもので、卒業アルバムを携えてきた人がいた。じっと見ると何となく思い出すもので、「・・君だろ。すっかり人相が変わってしまったね。」と素直に言ってしまったところ、・・君は極めて不機嫌な様子になり、お話もできなかった。次は、古希の同窓会だとのことだが・・・。
次に中学時代の還暦同窓会のお知らせが来て、9月20日に行なわれるとのことである。残念ながら、朝からは町会のイベントに出席予定、夜には仕事でかかわっているマンション建替組合の総会に出席しなければならないので、還暦同窓会は「欠席」の返事をした。
しばらくして、小学校・中学校時代よく遊んだK君から電話があった。おそらく数十年会っていないような気もするが、彼の様子については鮮明に記憶していた。K君がいうには、50歳の同窓会には筆者は出席、K君が欠席、55歳の同窓会には筆者が欠席、K君が出席し、どうも間が悪く会えなかったが、是非、会いたいものだ、として、小学校や中学校時代に筆者とこんなことをした、筆者はこんなことを言っていた、といろいろ話をしてくれた。すっかり忘れていたことばかりなので、別の機会に会おうという約束をして電話を置いた。
昔と違って還暦はまだまだ人生の通過点に過ぎないが、節目のような気もする。これから何ができるか、よく考える時間をとらなければならない。
みなさん、還暦同窓会には是非出席されるようお勧めする。
朝日新聞の連載「スラムかスクラムか」(2008/7/31)
朝日新聞に3回にわたって「スラムかスクラムか」という記事が連載されました。連載がはじまる前に、その記事で取り上げられている、ある地方都市に管理放棄マンションを視察にいく計画を立てていましたので、7月26日(土)に行ってきました。 敷地内は草が伸び放題、ごみが山積していますし、エレベーターは使えない、2階のエレベーターホールにはソファと思しき粗大ごみ、屋上の防水シートが破れて外壁に垂れ下がっているなど、凄まじい光景でした。 このマンションは極端な例かと思いますが、何らかの事情で修繕・改修ができない、転出する人がでてくる、借りる人も少なくなって空き家が増える、日常の管理ができなくなる、などのプロセスを経ると管理放棄マンションになってしまいます。 新聞記事では、その状態をスラムといっています。終の棲家として安全に、安心して暮せることがなくなり、雨露凌ぐだけの場所となるなどの状態です。 それに対して、新聞記事は、何らかのきっかけで区分所有者が自分たちのマンションを快適で、安全に保とうという運動が始まり、組合が中心になって、よい居住環境を形成している事例をあげていますが、これをスクラムといっています。 集合住宅とか、共同住宅に住もうという人には、ひところ持て囃されたような「近所づきあいはしない」という考え方の方の入居を拒むことも視野に入れなければならない時代になりました。建物の維持・管理をしっかり行なうためには、組合員、住民同士のしっかりしたコミュニティと適切なアドバイザー(専門家)が必要です。 「スラムかスクラムか」いろいろな機会に使いたい言葉です。
老舗の和菓子屋さんの建替えに伴う現店舗のお別れパーティ(2008/6/30)
2年半ほど前から明治元年創業という老舗の和菓子屋さんの建替えのお手伝いをしています。事業手法としては、地権者参加型のコーポラティブ方式によるものですが、和菓子屋さんとしては、老朽化した店舗や菓子工房の建替えをし、先祖から引き継いできた商売をこの地で続けたいという思いがあります。
平成19年夏には地権者の思いを反映した基本計画がまとまり、秋からコーポラティブハウス参加者を募集して、同年11月に建設組合を設立しました。ちょうど地価のミニバブル、建築費の高騰など難しい時期ですが、何とか本体工事の準備ができつつあるところです。先ごろ、仮店舗が完成し、仮工房の工事がはじまったところですが、仮店舗への移転を前に、平成20年6月28日(土)、現店舗のお別れパーティが行なわれ、私どもにも声をかけていただきました。
お別れパーティは和菓子屋さんで、かつて修行した多くの人々が参加していました。自己紹介が行なわれ、「○年ころ前から○年間ここで修行していました。今は、和菓子屋をやっています。妻と子どもも一緒にきました。」「北海道からきました。帆立とウニを送ったので、着いています。食べてください。」・・・・・ 職人さん仲間の懐かしそうなあいさつ、司会をしていた職人さんの感極まっての涙など、私どもは少し立場が違いますが、老舗の歴史の重みの伝わる感動のお別れパーティでした。
この老舗で修行したことに誇りをもって、全国でがんばっている方々が、来年秋に予定されている竣工パーティのときに再び「ふるさと」に戻ってこられるように、私どもの役割をしっかり果たしていきたいと思いました。
現在、建築確認申請中ですが、来る8月17日(日)には現店舗・工房も解体されたところで地鎮祭が執り行われる予定です。
高齢期の暮し方???(2008/5/11)
私が勤めていた会社の10歳近く年上の先輩が、退職して10年近くなるが、先日、電話をもらって大きな手術をすることになるかも知れないので、立ち会ってもらいたいということであった。よほどのことで私に要請してきたものと思われたので了解した。
数日して、外での会議から事務所に戻ったところ、携帯電話が鳴り“これから手術なので、医者がすぐきてほしいといっている”とのこと。“1時間くらいかかる”と伝えたところ、電話口で医者とやりとりをしている様子だったが、“ともかく急いできてほしい”とのことであった。指定の病院にタクシーを利用して行ったが、緊急手術だったとのことで既に手術中であった。
しばらく待って、手術が終了し、医者から手術の内容を聞かされ、先輩は、集中治療室に入ったので、その日は事務所に戻った。
その後、入院グッズの買出し、入院手続き(入院保証人になった)、区役所への高額医療費の軽減の申請などを行ない、1か月ほどで外出できるようになったが、これからも治療が続くようである。
先輩は、単身の女性で、両親は既に他界しており、かつ、一人っ子なので、従姉妹はいるとのことだが、日常の交流がないので、今回、私が行なったようなことは頼めないとのことであった。
もう少し落ち着いたら、今後、どう暮らすかについての話合いをしなければならない。
しかし、それも他人事ではない。少子化、高齢化と人口の減少がはじまっている社会において、高齢者の一人世帯、二人世帯が増加している。あるいは私の問題でもあるかも知れないし、身近な知人の問題でもあるかも知れない。
先輩の一日も早い回復を祈りつつ、この問題を先輩ひとりの問題としてではなく、世間ではどういう状況か、どういう解決策があるか、など勉強する機会にしたい。
こがし桜村宅地開発計画(2008/4/5)
東京の今年の桜は、心の準備ができないまま、ワッと咲いてしまったような気がします。それでも久しぶりに(はじめて?)小金井公園にお花見に行ってきました。
今年のお花見の第二弾として、昨年に続き、栃木県宇都宮市の郊外にある古賀志地区の第6回古賀志の孝子桜まつりに行ってきました。昨年12月8日付の「すばるの視点」で紹介した「小規模特認校」の宇都宮市立城山西小学校の校庭に咲く“孝子桜”(末尾の物語参照)という名前のしだれ桜が主役です。
今年は、すばらしい春の陽気に誘われて、しっかり咲いていましたし、人出も昨年より多いそうです。 地域の人々の大変な努力で、さまざまな模擬店、お囃子、紙芝居、和太鼓、人形劇などなど素晴らしいイベントになっていました。
「NPO自然大好きe-街づくり」が地権者5人から依頼され、定住人口を増やして、小学校を守ろうという目的で「こがし桜村」約30戸の宅地開発を計画しています。昨年から今年にかけて、通学路の整備、公民館の建設など目に見えて変わってきたこともあり、計画実現は近づいているようです。
しかし、まだまだ課題はたくさんあり、「NPO自然大好きe-街づくり」の人たちもここががんばりどころ。昨年に引き続き、「こがし桜村に住もう」というチラシとアンケートを配布し、この企画を知ってもらうこと、そして参加してもらう活動をしていましたが、今年は子どもたちもチラシの配布を手伝ってくれたこともあって、アンケートの回収状況は上々だとのことでした。(小生も企画などお手伝いしています。)
椎茸、いちご、盆栽(唐松&楓)の苗、鹿沼土&腐葉土などをお土産に、古賀志地区の桜をいくつか満喫して帰宅しました。


古賀志の孝子桜について
むかしむかし、古賀志山(こがしやま)のふもとに、病気のお父さんと二人暮らしの孝助(こうすけ)という男の子が住んでいました。
孝助は、毎日毎日、お父さんの看病(かんびょう)をした後、いつも大きな桜の木の下に来て、こうお願いするのでした。「おねげえだ。おらのお父(とう)の願いを聞いてくれ。1日でいいから、花をいっぱいさかせてくれ。」孝助は、目をつぶり、お祈りの言葉(ことば)を唱(とな)えると、すっかり葉を落とした桜の木を後に、がっくりと肩を落として帰っていくのでした。
毎朝、村々が真っ白な霜(しも)に覆(おお)われるこの季節(きせつ)に、桜が咲くはずがありません。 しかし、孝助は、毎日毎日祈るのでした。 「孝助、早く桜が見てえ。孝助、早く桜が見てえ。」お父は、そんな孝助に苦しそうにこう言うのでした。病気でもう3年も寝たきりのお父にとって、春の満開(まんかい)の桜を見ることが、ただひとつの楽しみだったのです。
しかし、どうやら来年の桜の季節までもちそうにない自分のことに気づいてか、しきりに「桜が見てえ。桜が見てえ。」といっては孝助を困らせるのでした。そんなお父がある夜、孝助に「孝助。お父はもうだめだ。毎日毎日、おまえが桜にお願いしているのは知っている。すまんな、孝助。お父の最後の願いだ。冬の寒いのに、桜の花が咲かないのは知っている。せめて、明日(あす)の朝、桜の木の下に連(つ)れていってくれ。」
お父の話を聞いて孝助は、古賀志山にある大日様(だいにちさま)の社(やしろ)に走りました。真っ暗(まっくら)な山道を必死(ひっし)に走りました。社に着いた時、孝助の着物はぼろぼろで体のあちこちからは血がにじんでいました。そんな痛みも忘れて孝助はただただ祈りました。「大日様。もう桜は咲かなくてもいい。その代わり、お父を桜の木の下に連れていくからせめて明日は暖かい日にして下さい。」祈り終わると孝助は、今来た夜道を重い足を引きずり帰りました。
朝が来ました。孝助が願ったような暖かい日でした。孝助は、すっかり軽くなったお父を背負(せお)って、桜の木に向かって一歩一歩 歩き始めました。「すまねえな。お父が病気になっちまったばっかりに。重くねえか。孝助。」お父が弱々しい声でつぶやきました。しかし、孝助は涙をこらえて首を横に振ることしかできません。「もう少しで桜の見えるところだ。」
孝助はさっきからずっと下を見たまま歩いていました。桜を見るのが怖かったのです。でも、大日様を信じて、いつものようにお祈りをした後、静かに目を開けました。何とそこには、今まで見たこともないくらいの満開(まんかい)の桜があるではありませんか。
「お父、咲いたぞ。桜が咲いたぞ。」お父の目からは、涙がこぼれています。「孝助、おろしてくれ。」孝助は、お父をゆっくりおろすと、二人で桜に向かって手を合わせました。お父は、そのまま眠るように息を引き取りました。
このことを聞いた村人たちは、その桜のことを「孝行息子(こうこうむすこ)の桜」という意味(いみ)で「孝子桜(こうしざくら)」と呼ばれるようになり、毎年美しい花を咲かせ、今でも、訪れる多くの人たちの目を楽しませてくれています。
(宇都宮観光コンベンション協会のホームページから引用)
マンション管理会社の選定(2008/3/2)
コーポラティブハウス建設にコーディネーターとして参画していると、完成して入居後に、それまでつくりあげてきたコミュニティを維持・発展させるうえで何か問題はないかが気がかりとなっている。みんなで選定したマンション管理会社はしっかりやってくれているだろうか。
引渡しまでに、マンションの管理規約・使用細則の策定、マンション管理会社の選定という課題がある。管理規約や使用細則については、これまでの経験のなかで、こんなことが大切ではないかということでコーディネーターが国土交通省の発表している標準管理規約を参考にして「たたき台」を準備して組合員の皆さんに検討してもらう。組合員同士で議論してもらうことが大切だが、ときに議論に参加してしまうこともある。
それは許してもらうとして、マンション管理会社の選定は、管理項目(会計業務、お掃除の日数、管理人の有無、防犯etc.)の設定、組合員やコーディネーターから管理会社を推薦、推薦された管理会社に見積りを依頼、見積額や会社の姿勢などをチェックして2~3社に絞る、絞られた数社の面接を行なう、面接での心証と見積額で1社に絞って組合総会で承認してもらう、という手順で行なう。
この手順で決めて問題ないはずだが、どうもしっくりしないこともある。コーポラティブハウスはその建設プロセスから考えると顔見知りの住民を中心としたしっかりした管理組合になるはずであり、そうなっていると思うが、マンション管理会社がついていけていないケースがある。
管理会社がマンション管理をするのではなく、管理組合がマンション管理をするための「補助的」業務を行なうことが管理会社の役割だということを理解していただけていない節もある。管理会社には、マンション内のコミュニティの種がしっかり芽を吹くように意識的に取り組んでもらいたいものだが、これは期待しすぎなのだろうか。それとも管理会社の選定過程を見直す必要があるのだろうか。
150回目を迎えた「一木会(いちもくかい)」(2008/2/4)
今年の年賀状に、“「一木会」は誰でも気軽に参加できて、楽しい勉強会です”と紹介したら、他の用件で電話をいただいた友人から「一木会」はどんなことをしているのかと気にかけてもらった。
この2月で150回を数える。私は幹事なので、平成7年9月の第1回以来、少ない謝礼(交通費程度)で来てくださる方にゲストをお願いし、ビールや軽食の準備をして、兎にも角にも続けてきた。原則として出欠は取らないので、何人来てくださるかわからないが、テーマに関心のある人、常連の人、当初からの仲間などで、平成14年6月に現在の事務所(神田東松下町33 COMS HOUSE)に移転してからは、20名~30名は参加してくださる。
テーマは、ジャンルを特定していない。12月は毎年、古今亭駿菊師匠の独演会を行っており、昨年で6回続いているが、そのほかの月は特に決まっていない。
ゲストは、いろいろな人脈を通じてお願いしている。このゲストという言い方は、講師というにはあまりにも少ない謝礼(交通費程度)なので、「講師」といいにくいからだろう。知り合いや仲間の人脈なので、謝礼に関係なく、ゲストは素晴らしい人がきてくださる。
会費は1000円。ゲストのお話のあとは、ビールと軽食で交流会。この交流会は楽しい。参加者全員が1分間スピーチをする機会があり、ゲストのお話の感想、質問、ご自分の紹介、アピールなど何でもOK。
この「一木会」を継続しているなかで、平成9年2月には、『みらい』都心居住促進研究会という都心の過疎化対策を研究する会が生まれ、平成10年10月には(財)千代田区街づくり推進公社主催の「千代田まちづくりサポート」に参加する機会を得た。「一木会」が母体となっていろいろな活動が生まれ、平成12年8月には、NPO都市住宅とまちづくり研究会の設立につながっていった。
「一木会」に参加してくださったすべての方に感謝!!
「一木会」のゲストとしてお話をいただいたすべての方に感謝!!
気軽に参加できる勉強会「一木会」は、主催側としても肩肘張らずに、しかし、気を抜かずにつづけていきたいと思う節目の回である。
還暦<老人力>(2008/1/5)
いつの時代でも、一人の人間にとって時の流れは変わらないのだろう。団塊の世代の真ん中、昭和23年生まれの私が今年は何と還暦だ。常套句になりつつあるかもしれないが、「私が子供のころは、60歳の人といえば、相当なおじいさんであり、おばあさんだった。」というのが実感である。
しかし、物忘れはひどくなった。まずは人の名前が覚えられない、思い出せない。顔は覚えていても、名前が出てこない。次に、眠い。年末年始の休みに、宿題がたくさんあるのに、テレビの前のソファーに座り込み、テレビや新聞を眺めながら、居眠りをする。老化現象は確実に訪れてきている。
私は、「痛風友の会」の会員(?)なので、毎月病院通いをしている。昨年11月から薬をもらう医院を、事務所の近くに開業した知り合いの医院に変更した。今までも最低血圧が高かったが、今度の先生は、これは確実に高血圧だと断定し、あと何年生きるか考えて、このあたりでしっかりオーバーホールしたほうがよい、との診断である。塩分控え目、お酒を控える、運動をするなど直ちに実行に移したが、年末年始の休み中は問題があったように思う。
さて、齢を重ねるということは、人生でも仕事でも一定の経験が積める、じっくり考えることができる(?)、自分の見方・考え方を確立してきているのでぶれない(頑固になった)、・・・などよいこともある。
学校時代の友人の年賀状には、「定年」という文字もちらほら見受けられるが、まだまだのんびりはしていられない。今年も、力一杯楽しい仕事に取り組もうという決意を新たにして、しばらくは生き延びよう。
<光陰矢の如し>
小規模特認校(2007/12/8)
「小規模特認校」とは聞きなれない単語であるが、この制度に大いに期待をし、廃校の危機から脱出しようとしている地域がある。宇都宮市立城山西小学校を支える地域~古賀志地区~である。
城山西小学校は、明治8年12月23日に創立された歴史ある小学校。その後、幾多の変遷を経て、今日に至っているが、本来の学区からは数名の児童がいる程度で、そのままでは廃校になる運命にあった。しかし、地域の大事な資産である小学校を何とか残したいという運動が、校庭にある「孝子桜(こうしさくら)」からはじまった。毎年、連休のころ咲くしだれ桜を中心に桜まつりが行われる。地域全体で支える桜祭りには、今では2万人くらいの人々がやってくる。
こうした地域興しのイベントを軸として、小学校存続の手段として、市内全域からの児童の通学を可能にする小規模特認校の指定を受け、①会話科があり、英会話によるコミュニケーション能力や正しい日本語で考えや気持ちを伝える表現力の育成に取り組んでいる。②豊かな感性を育むために、書、彫刻、陶芸、ダンスetc.の文化人の先生方による授業をする。③孝子桜まつり、古賀志山清掃登山、地域合同運動会、秋祭りなどの地域連携の活動をする。④給食農園や地域の食材を使った、安全でおいしい給食を児童と職員が一堂に会して食べる。⑤「英会話活動」「読み聞かせや予習・復習」「スポーツレクリエーション活動」などの放課後活動や土曜日の「サタデースクール」などを行っている。など地域と一緒にこれらの活動に取り組み、特色ある学校づくりと地域の魅力化に取り組んでいる。
その古賀志地区に、小学校に子供を通わせたい家族を中心に宅地供給をしようと5人の地権者がNPO自然大好きe-街づくりに協力を依頼して、「こがし桜村」29区画の宅地開発が計画されている。
何とも素晴らしい学校と地域での新たな村づくりを、どのような手法で進めるか、小生もNPO自然大好きe-街づくりから相談を受け、これまでの経験を踏まえて提案などしている。
初心(2006/12/22)
先日、株式会社すばる建設企画を設立した当時の私の名刺がでてきた。社名に続いて「不動産・建設・開発の萬(よろず)相談所-企画提案から事業実現まで-」とある。
この名刺がでてくる少し前に古い友人から「両親がなくなった若い知人の実家に農地などの不動産がいくつかあるが、これらを整理して賃料等の入る資産に置き換えることはできないだろうか。」という相談があった。場所は埼玉県の在のほうとのこと、一瞬無理かなと思ったが、友人への返事は「不動産をみてみないと何も言えないが、とにかくその方に当方に来るようにいってほしい。」とした。自信はまったくないが、努力せずに断るのは本意ではないと感じた。
その後、しばらく連絡がなかったが、2週間ほどして「相談にいきたい。」とのことで、その方と古くからの友人と面会した。
友人とは10年ぶりの再会であったが、じっくりと近況を語り合う時間もなく、またの機会に譲ることにした。
相談者は、30代の男性で、今は契約社員として働いているので年収が少なく、親の残した農地を中心とする不動産を有効活用したいという認識のようであるが、親戚はいるものの天涯孤独に近い状態とのことである。
相談者の実情もよくわからなかったが、とりあえず近く現地にいくことを約束して、帰っていただいた。
友人は、なんとも重い課題をおいていったような気がする。
私は、会社を立ち上げるときに、生活者の目線で、自分の経験を生かしていくことを方針とした。この11年間にいろいろなことがあり、そういう立場で努力できたこともあり、そうでない場合もあったが、名刺がでてきたことにより、素直に株式会社すばる建設企画の拠りどころを再認識したように感じている。
あと2年で還暦という年を迎え、残りの人生をしっかり過ごそうと考えているこのごろである。
<初心忘るべからず>
友人の墓参り(2006/12/22)
大学の寮の一級後輩が55歳の若さで急逝した。北関東の小都市に住んでいたこともあり、亡くなったことを知ったのは、奥さんからの年末年始の欠礼の葉書だった。急遽、日曜日に旧寮生11人で友人宅を訪ねた。
お骨がまだ自宅に置いてあり、墓はない。位牌があったが、戒名はなく、俗名の欅製の位牌が置かれていた。奥さんに訊ねると、友人は無宗教であったこと、奥さんが死ぬまではお骨のままそばに置いておき、死んだら一緒に散骨をしてほしい、と3人の子供たちに伝えてあるとのことであった。
40年近く前に、戦前に建てた木造の学生寮は、貧乏人の子弟が勉学に勤しむことのできる重要な施設であった。その寮に暮らした時代からの付き合いであるから特別の感慨があった。
お参りの後、友人の遺影を囲んで、11人と奥さん、勤務地から戻った長男で会食をし、昔を懐かしく語り合った。それが友人への一番の供養であったかもしれない。帰りのJR駅前で、みんなで寮歌を歌った。若かったころ、亡くなった友人の面影を想いながら、ボロボロと涙をながして寮歌をがなる仲間もいた。
来年の春の谷中の墓地でのお花見での再会を期して、歳を重ねた貧乏人の子供たちは家路についた。
傾聴(けいちょう)(2006/8/5)
丸11年目の第132回一木会は、ゲストに神奈川傾聴塾指導者の谷口照子先生をお迎えし、『傾聴』というテーマで1時間余お話をいただいた。要旨は次のようなものであった。
1)聴くことの意味
① コミュニケーションの取り方など
コミュニケーションには、*情報の収集と伝達 *援助的コミュニケーション があるが、傾聴では、援助的コミュニケーションを扱う。
コミュニケーション手段には、言語と非言語があるが、言語には、聞く、話す、読む、書くがあるが、聞くと話すは音声であり、読むと書くは文字である。また、聞くと読むは受け取るものであるが、話すと書くは伝えるものである。

聞く
話す
読む
書く
身につける順
1
2
3
4
生活のなかで使う量
1
2
3
4
訓練する量
4
3
2
1
② 聴いてもらうと人はどうなるか
* 気持ちが落ち着く
* 考えが整理される(時間の順序や意味の順序)
* 生きる力が湧く
2)苦しみを聴く
① 苦しみの構造
* 客観的な状況と想い・願い・価値観とはズレがある。
* 客観的な状況を「治療」により、想い・願い・価値観に近づけ、それが困難なら「ケア」により、想い・願い・価値観を客観的な状況に近づける
② 苦しみの種類
WHOの規定は、かつて、身体的苦しみ、心理的苦しみ、社会的苦しみであったが、最近はスピリチュアルな苦しみが加わった。
スピリチュアルな苦しみとは、魂の痛み(ガンを宣告された、何をしても意味がない、生きている価値がない、など)のようなもの。
3)どのように聴くか
① 共感とは、相手が理解してもらったと実感できることである。
② 聴くためのスキル・・・相手の言っていることを反復して少し待つ。
③ 共感と同調は違う
同調を求められても、同調できないこともある。例えば、「あの人はとても悪い人と思っている。そうでしょ。」といわれても、「そうですね。」というわけにはいかない場合もある。そういうときは、「あなたは、あの人が悪い人と思っているんですね。」「Aさんは、あの人が悪い人と思うんですね。」などと対応する。
4)傾聴ボランティアとして
ここで谷口先生は、死を見つめて暮らす人のいるホスピスや認知症の方のいるグループホームでの「傾聴」の体験をお話しされた。
5)傾聴するときの注意
① 自分の意見・感想・価値観を出さない。
② 相手の出しているサインを確かに受け取る。
91歳のおばあさんがホスピスに入所してすぐに「お昼ご飯を食べていないので、うどんが食べたい。」と言っていた。夕食が間もないので待ってほしいといって、おばあさんの言い分を静かに聞いた。いろいろ身の上話をしてくれた。結果的にみると入所したばかりで不安だったので、そばにいてほしいというサインだった。
③ 相手のことばをそのまま返して相手の次の言葉を待つ。
以上が要旨ではあるが、お話の臨場感がまったく伝わらないのがもどかしい。谷口先生のお話は静かな語り口ながら実践に裏付けられたキリッとした論旨に笑いあり、涙ありのあっという間の1時間だった。
一木会は、新しい分野のテーマのお話を企画し、あるいは回を重ねるごとに、新しい仲間が増え、ますます捉えどころのない集まりとなっている。交流会での1分間スピーチもそれぞれ磨きがかかってきて、これも重要な楽しみのひとつになってきている。それが一木会の特徴である。
『傾聴』はこの会に新しい魅力を付け加えてくれた。
地域から顔の見えない不動産ファンド(2006/7/22)
東京中心部はミニバブルといわれ、公示価格の何倍もの高値で不動産が取引されている。現に、数年前、事務所近くの私の知り合いが「こんなに高く買いにきているが・・・」と相談に見えた。どうみてもまともな土地活用事業を考えると土地の取得費は2倍近くである。私は、無責任にも「騙されないようにしないとね。」などと対応してしまったが、その後、地上げ屋さんの努力?の甲斐あって買収が完了し、当初、マンション建設と言っていたマンション会社は不動産ファンド会社に売却した。
不動産ファンドは、マンションの企画をオフィス中心の賃貸ビルに変更した。住宅は附置義務をクリアするための賃貸住宅を計画とした。地元への説明会には、不動産ファンドの若い担当者ひとりが参加し、所有者が替わったあいさつと今後の具体的なことは日本橋の不動産屋さんに任せると話しただけで終わった。その後は、任されたという不動産屋さんがすべて取り仕切り、次回の説明会以降は不動産ファンドの会社の人はまったく顔を見せなくなった。
これまでの常識では、建築主が、町内に新しい建物を建てさせてもらうので、地元の皆さんに対して真摯に事業計画を説明し、今後、仲間にしてください、などとあいさつをし、その後の調整についても、建築主は一生懸命に取り組んだものである。
しかし、押しても引いても手ごたえのないことを「暖簾に腕押し」というが、顔も出さない建築主も「暖簾に腕押し」である。頼まれた不動産屋さんだって、実態はよくわからないが、業務委託契約を結び、報酬が得られることは確実と認識したからであって、地元とずっとお付き合いをしていくつもりなどはさらさらない。建築後何年かしたら不動産ファンド会社はこの建物を賃借人付で他に売却することは十分に想定される。持ち主が一層わからなくなる。
地域社会というのは、人が顔を見合わせながら暮らしている、あるいはそういう暮らしを可能にするゾーンである。しかし、不動産ファンドはお金の集団であって、顔をもたない。その建物に賃借人が暮らすわけであるから、地域社会としては、賃借人に働きかけて、今後の長いお付き合いをお願いしていくのが一番現実的な話かも知れない。地域としては建設工事中の今のうちに、賃借人とのお付き合いができる仕掛けをつくることが最大の課題である。
武士の情(2006/6/8)
近頃、数学者の藤原正彦氏著の「国家の品格」という本がよく読まれているとのことで、私も知人に薦められて読んだ。お薦めの本を読んでみようなどと触発されることが多く、早速、岩波文庫の新渡戸稲造著・矢内原忠雄訳の「武士道」を神田の岩波書店で手に入れた。
むずかしくて読みにくいので、まだ読了していないが、「武士の情」というよく耳にした言葉が気になっている。曰く「武士はその有する武力、ならびにこれを実行に移す特権を誇りとしたが、同時に孟子の説きし仁の力に対し全き同意を表した。」
つまり、小学生にまで株式投資のことを教えようという教育者?がいる時代に、若い方々には、まったく通じないであろうが、多くの方と一緒に事を起こそうという当事者のひとり一人には「武士」になってもらいたいものと思う。
新渡戸稲造曰く「・・・武士の場合にありては愛は盲目的の衝動ではなく、正義に対して適当なる顧慮を払える愛であり、また単に或る心の状態としてのみではなく、生殺与奪の権力を背後に有する愛だからである。」
奥歯にものが挟まったようなことを書いている。今は何のことか申し上げられないが、私は最近、仕事に関連して悶々とした状態があり、これをすっきりと解決するためには、みんなが大人になって・・・、みんなが武士になって・・・、「適当なる顧慮を払える愛」をもってもらいたいと切実に思う。
ほんとに地権者の気持ちになって提案せよ(2006/4/15)
昨年、知人の紹介で、東京の下町にお住まいの地権者の方から「建物が古くなったので建替えを考えたい」という連絡をいただいた。早速、ご自宅に伺い、事情をお聞きするとともに、私どものコーポラティブ方式での建替えについてご説明をさせてもらった。ちょうどテレビ番組「ビジネス未来人」(NHK教育 平成17年6月24日放映)に私たちの活動が取り上げられていた。建替えの手法として、コーポラティブ方式を活用している事例が詳しく紹介されているので、ご家族で見ていただきたい旨を申し上げて、そのテープを置いてきた。
その後、共同建替えとコーポラティブ方式が現実的で、補助事業の可能性もあるというお話をし、建築の基本プランも作成して、事業計画の概要も提案させていただいた。そして、隣接地権者の方にも私どものほうから提案させてほしいということで、その旨ご了解をいただいた。
いよいよ来週から隣接地権者の皆さんにお話をはじめようと準備していたところ、「あと4、5年待ってほしい」との電話をいただいた。よくお話を伺ってみると、「必要資金を借入れて事業に取り組む提案もあったが、現在の賃貸収入で借入金を返しているところなので、その収入がなくなって別に借入をするとなると返済できる見込みがない。家族で話し合った結果、借入金返済の目処が立つまで事業には取り組めない。4、5年待ってほしい。」とのことであった。
どこかに"相談されたのだから、積極的な提案を"という気持ちがあり、借入金を返すより、借入をして余分な税金を払わないほうが・・・と地権者の実情を十分に斟酌できていない、地権者のニーズに合致しない提案となってしまったように思う。
私たちは、地権者の大切な財産の活用とその家族の生活再建という重い課題を与えられているということを忘れてはならない、という大きな教訓となった。ただし、今後も、ご相談をいただいた地権者の方から気楽に相談していただけるような関係を残しておかなければならないと考えている。
巨大マンション計画は「まち」を潰す(2005/6/22)
巨大マンション計画というと数百戸から一千戸にも及ぶマンション計画かと思われるが、160戸のマンション計画である。あるいはこれが50戸でも60戸でも「まち」にとっては大変な事態となる。
神田地区には小さな町会がある。その地域社会に降って湧いたように巨大マンションができて、かつ、マンション業者が最大効率のワンルームマンションをつくって投資家に分譲して去っていくと、そこに残るものは数十年後に廃墟となるコンクリートの箱である。誰が住んでいるかわからない、問題があっても誰に連絡したらよいのかわからない、以前から住んできる住民はワンルームマンションに意思があるのかないのか計りかねて疲れてしまい、次第に関心をもたなくなる。つまり、「まち」の一部がなくなってしまったことになる。
ワンルームマンションのすべてが悪とはいわないが、企画者、開発者、事業者はそれがそのまちにとって求められているものかどうかの検討を行い、そのうえで地域社会から求められているものをつくることが「まち」に受入れられる基本であると思う。
タワーインザパークといわれている巨大マンションの企画においても、地域の人たちにどのような影響がでるのか、将来はどうなるのかなど多方面から冷静に考えて結論をだしてもらいたいものだ。せっかく復活への道を歩みだそうとしている「まち」の役に立つ開発を切に望む。


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